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一番安いイギリス留学はここ

視線の方向を見て驚いた。 日本の寝たきり老人とは似ても似つかぬエレガントな人だったからだ。
左半身不随でおむつをしているというのに、寝巻姿ではなく、カラフルなワンピースをまとっていた。 イアリングをつけ、マニキュアもしていた。
「なぜ寝ていないのでしょうか」という問いに、先方は怪誘な顔で答えた。 「だって毎朝起こしますから」。
O氏は「私はそのとき気がついたのです。 日本の寝たきり老人は寝かせきりにされたお年寄りだったのです」と書いている。
「寝たきり老人」という言葉が表しているのは、人の自発性とか生きる力に焦点を当てず、安易に管理してしまおうという姿勢である。 こういう人は今の日本には結構たくさんいる。

そのなかで、みんなと一緒に考えたり、一緒に何かしていこうという環境があるなら、思ったことをきちんと言うことができる人は、どんな企業にしかし人間らしく生きたいと思うのが人間だ、とは言っても、周りに協力し合える人間関係が存在しないとき、易さに流れやすいというのもまた人間なのだ。 損か得かという選択は、正しいか正しくないかの選択よりもしばしば強くなりやすい。
一人ひとりの人間がこうしたいなと思ったときに、そっちのほうが正しいとわかっていても、自分だけしたら損になることが明らかなときは、普通はだれもやろうとしない。 しかし、損だと思ってはいても、仲間が一緒に協力してくれるとわかっていれば、やることができるのもまた人間なのだ。
つまりそういう環境を意図的につくっていくことができれば、正しいと思うことを実行できる人は増え、人はどういう状況に置かれても、その尊厳を大切にされ、生きる力を尊重されていれば、人間らしく生きようと思うし、生きられるものだ、という考え方が市民権を持ち始めてからわが国ではまだ日が浅い。 組織のなかで、何かおかしいな、このままでいいのかなと思っている人はいるのだが、「自分一人が何を言っても始まらない」とも同時に思っているのが今日の日本の一般的な企業で普通に見られるいずれにせよ、人間はやらせないとやらない。
脅かさないとやらない、命令しないと何事も進まない、物事をやるには、きちっと指示し、訓練し、調教することが大事なんだと考えている人間観と、そうではなくて、人間というのはたしかに弱い存在だし、易きに流れやすいものだが、同時にある環境に置けば人間は自ら進んでやるようになるという人間観と、対極的な二つの考え方があるということだ。 「Oさんは日頃から口癖のように『人間の知恵は凄い。
限界がない』と言っていました。 同時に『知恵を出す場をつくり出す』ように腐心していました。
T生産方式の基本は『人を活か『人間尊重』は言葉どおりに人間を尊重すること。 『人間性尊重』は、人間の持っている『考える能力』を最大限尊重するのを言います」。
かつて改善の結果が出ないのでしびれをきらした私が、自分でやってみせて、とにかく結果を出しました。 そのとき、『なぜ結果が出ないのか』について考える前に、自分でやって結果を出すのは、気持ちが労働強化を強いると厳しく注意されました。
このように日ごろから『もっと人を大切にしろ』と、ずいぶん教育されましたし、『人間尊重』と『人間性尊重』の違いを教えられたものでT生産方式の生みの親と言われるO氏の指導はその厳しさでよく知られている。 しかしその厳しさは同時に、人がどういうときに労働強化を強いられていると感じるか、を問い質す姿勢に裏づけられている。
そこには、人間の本質をきちんと押さえて大切にしようとする人間観がある。 O氏や張社長のこの言葉から、Tという組織に”「自ら考える」ことの大切さ、人間の知恵は無限だ、その可能性を信じる“という人間に対する見方が深く根づいていることを知ることができる。
これは”上司が鬼となって部下を調教する”のとは正反対の見方である。 管理志向の強い人間観を持つ人の考え方は、人間というものを「あるべき論」つまり、人間というのはこうあるべき、という理想的な型がまずあって、それに対して現実の彼には何が欠けているのか、何が足りないのかという発想から出発する。
理想像に欠けている人間として、欠けている部分を埋めるように努力しろという考え方である。 こういう考え方は一見当たり前で、理想像に対して努力をしていくのだからそれでいいではないかと見られがちである。

問題なのは、この理想像をつくり上げるという考え方は、どうしても理想像が固定してしまいがちになるという点だ。 答えは一つという感覚がそこにはある。
それに対して変革型の人間観は、答えというか理想型というのは特につくらない。 いろいろな違いがあって、それが個性なのだと考える。
もちろん工場で機械を組み立てるというような場合は、たしかにそういう仕事に適した理想的な人間像はあるかもしれない。 しかし、そういうタイプの人間が音楽家に向いているとか、テレビのディレクターに向いているかというと、たぶんそうではない可能性のほうが大きい。
つまり、人間にはいろいろな理想の形、「ありたい姿」がある、というのが変革志向の考え方である。 全部に優れている必要などない。
それぞれ違いがあって、欠陥もあるが面白みもある。 だから、個性はあっても理想型は別にいらない、そんなもの特につくり上げなくてもいいじゃないかという考え方だ。

そういう意味で言うと、世の中にはいろいろな生き方があり、いろいろな職業があるけれども、たしかに企業に属し、ビジネスをするという意味では、音楽家になるのとは違うタイプが必要なのだという考え方はあるだろう。 しかし、どんな能力が本当にこれからの企業のなかで役に立つかというのは、以前に比べてはるかに多様性が出てきている。
企業のなかで働くという意味で、おのずと一定の絞り込みがあって当然とは思われるが、かといって一つのステレオタイプの理想像で事が済むとも思固定された理想型をあまり社会が求めすぎると、それにとりあえず合わせていける従順な人々と、合わせていけないある意味ではアブノーマルな人々とが見えてくる。 近年問題になっている若者の反乱(学級崩壊等々に見られる)は決められた環境のなかで黙ってルールに従え、という従来からの発想に対する人間としてごく当たり前の反発でもある。
企業の変革はけっして人間の生き方と無関係ではない。 いやそれどころか変革に参画する人たちの「本気度」が常に試されているという意味では、企業の変革というのはそれなりの人間観を持たずには成り立たない。
「変わればと思いつつ変わりきれない」のはなにも企業だけではない。 日本の政治も行政も教育も含めて、日本全体が変わりきれないままに一九九○年代の「失われた十年」を過ごしてしまった。
この変わりきれない日本のなかで、たくましく変革をし続けている企業は存在する。 その変わり続けている日本企業の代表として、これはTを取り上げる。
T生産方式を解説した本、論文は日本だけでなく、世界中でたくさん出されている。 Tはそのノウハウをオープンにし、世界中の多くの企業、研究者が熱心にその成功の秘訣を解明しようとしてきた。

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